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リアス式海岸を行く．海山町（みやまちょう）に入ったら，朝霧が濃くなってきた． 前も後ろも見えない．海の近くを走っているはずなのに，どこかの高原を走っている ような気になる．これは危険だ．交通量がほとんどないからいいようなものの，車が 来たら恐いであろう．と，大型トラックの大きなクラクションがして驚かされた． 運転席の横に駅で野宿をともにしたヒッチハイク氏が手を振っている．彼はこうやって 旅をしているのだ．あんな旅もいいかもしれない．いつしか霧は晴れ，私たちは尾鷲の 町への峠を登っていた．大変な登り坂であった．トンネルを越えて見た尾鷲の町は， 深い谷の底にある感じだった． さて，これからが大変である．尾鷲から次の熊野までの道が，矢ノ川（やのこ）峠と いう峠道である．標高３９０ｍある．ここ尾鷲駅はほとんど海岸だから，そのままその 標高を登らなければならない．だんだん夏の日差しが強くなってきた．きつそうだ． 名古屋行きの特急「南紀」が駅に入ってきた．思わず乗って帰りたくなる．しかしそれ ではしょうがない．覚悟して登ることにする．今回のコースをながめると，ここが一番 の難所のようだ．あえぎながら登る．たちまち川合君に差をつけられる．平地のコース ではそう差がないが，やはり登り坂では経験の差が出るようだ． 対行車線を下ってきたサイクリストは気持ち良さそうに下って行く．Ｖサインをして くれる．サイクリストはこうやって出会うとサインを出して挨拶をする．大変いい事だ と思う．バイクの人同士もやっているそうだ．それから，サイクリストが坂道を登って いるとき後ろから抜いて行くバイクの人が声援のサインをやってくれることがある． これは元気づけられてありがたい．とにかくあえいで登る．水筒の水はみるみる無く なっていく． |
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ようやく矢ノ川トンネルが見えてきた．このトンネル，長さが２ｋｍ近くもある． 自転車の旅で一番恐いのがトンネルである．交通量が多ければ，大型トラックが 横すれすれを走ることを覚悟しなければならない．明るい外に慣れた目は，暗くなると 見えにくくなる．しかしこのときの国道４２号線はさほど交通量も多くなく，外の暑さ に比べればトンネルのなかはひんやりしており，わりと楽だった．しかし，恐いことは 恐い．汗が急に冷えて体が冷たい．トンネルを出れば，次のトンネルの入口だった． これが大叉トンネルで，標高３９０ｍのところにあり，これも長さは１６２６ｍ． この峠のトドメのトンネルだ． トンネルを出れば，熊野市である．あとは下るばかりである．佐田坂という．この坂を 下っている途中に，５０ｍくらいの落差のある滝があった．そこで手や顔を洗った． 気持ちよかった．さらに下る．スピードが出過ぎて恐いくらいである．海に向かって 一直線だ．海の色が違う，夏らしい海だ．黒潮洗う熊野灘らしくなってきた．鬼が城は， 熊野灘の波が洗って作った奇岩怪岩の岬だ．おおいかぶさってくるような岩の下に， 波が容赦なく打ちつけている．歩いてぐるっとまわれるそうだが，自転車を下りて登り 降りするのは足にくる．波にさらわれそうにもなるし，途中で引き返すすことにした． 昼食をとり，トンネルを抜けて，獅子岩に出る．岩がライオンの顔に見える． ここから２５ｋｍ，今度は果てしなく続く砂浜の海岸である．これまでのリアス式の 海岸，厳しい峠道とは対称的な地形で，七里御浜という．炎天下である．海が見えて 気持ちはいいが，だんだん日焼けがきつくなってきた．今夜風呂に入るときは大変で あろう．砂浜に降りてみた．七里御浜は波が高いので遊泳禁止になっている．だから 誰もいない．道路から海までは結構遠く，砂に足を取られて大変だった．じりじりと 焼かれるようだった．戻るときは，行かなきゃよかったと後悔した． |
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紀宝町に入ると，熊野川が見えてきた．やっと砂浜が終わり，三重県と和歌山県の 県境だ．しかし三重県と言うのはなんて長いのだろう．２５０ｋｍ走って，やっと 三重県を出ることができたのである．三重県も，紀伊半島も，日本も広い． 新宮市に入る．熊野三山の一つ，熊野速玉（はやたま）神社に寄る．熊野は，平安の 昔から熊野詣でで栄えていた場所だ．この熊野川の上流にある熊野本宮，新宮の速玉 神社，そして那智の那智大社の３つが熊野三山だ．紀伊半島の山の中に，海岸に，その 熊野詣での古道が走っているという．道筋には王子社と呼ばれる小さな神社が作られ， それを道しるべとしながらはるばる都からお参りに来ていたのだという． 紀伊半島東側では一番大きい新宮の町を抜けて，今夜の宿，那智ＹＨに向かう． 大型フェリーの着く宇久井の港を過ぎると，那智まではすぐだ．ＹＨには海水浴に来て いる人が多かった．風呂に入ると，日焼けがビリビリと傷む．体中真っ赤だ．サイクリ ストは短パンで走って足も日焼けしている人が多いが，肌の弱い私にはちょっと出来ない． その点は川合君も同じのようだ．ＹＨのミーテイングでは肝だめしをやっていたが，前日 も野宿で疲れきっていた私たちは，ベッドで眠りこけた．ここまで名古屋から２７０ｋｍ 走ってきた．いよいよ明日は南端，潮岬である． （続く） |
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