私の自転車日本全県走破 第14章(7)

日本の果てまで

 南国の雨は嘘の様に止み,私たちは強い日差しの下,見渡す限りのパイナップル畑の
丘陵地を走った.新石垣空港を作ろうと言う計画が,貴重な珊瑚礁の海を破壊すると論
議になっている白保の海岸線を走り,石垣の町に戻ってきた.70km走って,午後3
時.まだ日は高い.まだ何か出来そうな気がする.私たちは八州旅館YHに戻ってひと
休みして,それから石垣港に行ってみようということになった.石垣港は八重山諸島の
島々への玄関口である.明日から他の島にも行ってみようと思う,船の時刻などを知っ
ておきたい.

 ガジュマルの木が見事な八重山支庁の前を歩き,八重山郵便局を過ぎる.私たちはま
ず,沖縄本島への帰りの船が出る,桟橋の一番はずれにある石垣港ターミナルビルまで
行ってみることにした.「波照間海運」と言う文字が見られるコンテナ貨物のヤードを
横目にしばらく歩いて,2階建ての立派なターミナルビルに着いた.しかし人陰は疎ら
だ.ここを出る船は一日に一本ほど,時間が違うと無人になってしまう様である.那覇
への船の他,台湾への船も出るらしい.まさに日本の果てなのだなと思う.長坂君は
「ここが今まで来た中で一番西ですね」と感慨深そうだった.もちろん私にとっても
そうである.

 この旅の組み立てを考えねばならない.明日は沖合いに浮かぶ竹富島に行くことにし
ている.その後の事はこれからだ.まずは那覇に帰る船の切符を確保しようと,有村海運
の事務所に行った.「時刻表を貰ってきます」と言って入って行った長坂君が怪訝そうな
顔をして出てきた.「5月2日の便,ないそうですよ!」と言う.しかし旅行前に確認
した5月の時刻表には確かに書いてある.もう一度確かめると,どうも私たちの乗る予定
だった船はドック入りしてしまい,那覇に帰る船が出ないらしい.ゴールデンウイーク
の稼ぎ時に,なんということだろう.「さすがは離島だね」とのんきなことを言ってい
たが,隣の琉球海運の5月3日の船も既に満員で,ゴールデンウイークの間,那覇に戻
る船が無いことに気がついた!悪くすると飛行機もないかも知れない,そうなったら帰
れなくなるじゃないかと青くなって,航空会社に電話した.飛行機は取れそうで安心した.

 それにしても残念である.私の日本全県走破のルールから言うと,こうやって飛行機で
スイスイと来てしまうのはよろしくない様な気がしていた.せめてその船旅で距離を実感
しようと楽しみにしていたのに.だが,一昼夜かかる船に比べて飛行機なら那覇は一時間.
その分時間が使えるわけである.これは新しい計画を考えなければならない.私たちは
YHに戻り,離島桟橋で貰ってきた島々への船の時刻表と地図を眺めながら,その空いた
時間の旅行の計画を立てようとした.YHには,さすがに日本の果てまでやって来るだけ
あって,強者ぞろいの旅行者が次々やってきていた.西表島で乗るためにカヌーを持って
きている人,ムカシトカゲは八重山の島1つ1つで違うのだと教えてくれたアメリカ人の
教師,国家試験の結果待ちをしているお医者さんの卵の人は,西表の魅力に取りつかれた
と言っていた.そんな人たちと沖縄特産,アルコールの強い「泡盛」で一杯やりながら,
どこへ行こうか考えるのは,とても楽しい事であった.

 波照間(はてるま)島へ,行ってみようと思う.その島は石垣から約50km,西表島
の更に南に浮かぶ小さな珊瑚礁の島だという.島の名は「ハテノウルマシマ」,果てにあ
る珊瑚の島という意味だという.人の住む島では日本最南端であるらしい.天気が良けれ
ば水平線近くに南十字星が見えると言う.私はこの旅に出るとき,司馬遼太郎さんの
「街道をゆく」の第6巻,「沖縄,先島の道」の文庫本をしのばせてきた.その巻頭に,
南の果て,波照間島へのあこがれが述べられている.結局司馬さんは波照間島に行けなく
て,本の中では波照間島は夢の島で終わってしまっていた.読み終えてから心のどこかに
引っかかっていた.日本の南の果ての島...どんな所であろう.私のこの長い自転車の
旅の終点にふさわしい島かもしれないと,私もあこがれていたのである.ようし,日本の
果てまで,行き着くところまで行ってみよう.そこで私の旅の完成を向かえよう.そう
決めたのである.

 長坂君はと言えば,波照間島よりむしろ日本最西端,与那国島に行ってみたいと言う.
与那国は石垣から西に100km,台湾が見えると言う.渡るのが困難だったので,渡難
(どなん)と呼ばれた島だ.ニュージーランドを走った事のある本格的サイクリストの
長坂君は,「僕はもっと南に行ったことがあるから」とさわやかに言い放った.こうして
私たちは,竹富島の旅の後,別々に日本の最南端と最西端を極めることになった.実に
スケールが大きいではないか.2人はその後で石垣島で待ち合わせて,飛行機で沖縄本島
に戻り,残りの旅をする事にして,飛行機や宿の確保をした.旅の組み立ては出来上がっ
た.心は早くも日本の果てに飛んでいた.

与那国島(長坂君による)


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