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私は，先に作った製品のその後のメンテナンスや，さらに新しく作ろうとしている製品 の準備を進めていた．忙しさはだいぶやわらいでいた．夏が来たが，どうも今年ははっき りした旅の目標が定まらず，いつもの旅も今年はやめてしまおうかと思っていた．しかし それではいかんと思い，友人の川合賢一君を久しぶりに一緒に旅をしようと誘った．どこ か北の方に行こうという事になった．結局，私は自転車を持っていくことにしたが，川合 君の方は車で行くことになり，私の自転車を川合君の車に積んで出かけることになった． 川合君は，どこかの山に登ろうと，登山の道具を持って出かけてきた． あまりはっきりした目的地も作らず走り初めた．８月１２日の深夜，午前３時に出か けた．中央高速を走り信州を目指す．松本辺りで夜が明けて，今度は国道１９号線で長野 へ走る．さらに国道１８号線に入り，日本海を目指す．車の旅なので運転をする川合君に まかせっきりで，私は眠気が起きないようになにかしゃべっていると言った感じだった． 少しローカルな道を行き，柿崎で日本海に出た．夏の強い日差しに日本海は青く輝いていた． 柏崎，出雲崎と海を見ながら国道８号線を走った．さすがに疲れて，信濃川の河原に出た 時，仮眠した．すでに４００ｋｍ近く走っている． 今日は結局，新潟まで行こうと言うことになり，まず弥彦山に登ることにした．弥彦山 は日本海と越後平野の間に壁のようにそびえ立っている標高６３８ｍの山である．信仰の 山でもあり，麓の弥彦神社はたいへん古い神社である．弥彦神社に参拝の後，車で山に登 る．既に日は西に傾いており，あと１時間もすれば日没になるであろう．山の頂には回転 展望台がある．ポールの廻りを展望室が廻りながら上がって行くタイプの奴である．私は こう言うのに，四国の宇和海で乗った事がある．（第１１章参照）展望室が上がって行く と，越後平野の見渡す限りの田園風景が圧巻である．土地はすべて稲穂の緑におおわれて おり，所々に林と集落がある新潟らしい風景である．海の方は，今にも夕日が水平線に沈 もうとしている．赤く染まった空の彼方には，昨年訪れた佐渡があるはずである．本当に， 日本海に落ちる夕日と言うのは，いつ見ても美しい． 闇の中，新潟を目指した．越後平野の夜は，実に神秘的である．広い大地が田圃で占め られていて，町は稲穂の海に浮かぶ島の様な存在で，夜になるとひたすら遠い明りを目指 して闇の中を行く感じになる．夜の船から海岸の町の明りを目指す様なものだ．その明り の最大の塊である新潟の町にたどり着き，市内のカプセルホテルに泊まった．ここまで来 て，いちおう旅の目的を定めることにした．明日はさらに北へ行くことにし，私は村上あ たりの海岸を自転車で走ることを目標にし，川合君は鳥海山に登ることを目標にした． 翌８月１３日，また暑い日である．車はさらに北へ進み，大変立派な国道７号線のバイ パスを走って新発田，村上へ．私はこの村上から，笹川流れと言われる厳しい断崖の続く 海岸を走ろうと思っていたのだが，あまりの暑さと車の旅に慣れきった事で，その気持ち が萎えてしまった．はっきりした目標を持たない漂泊の旅は私には向かないようだ． 川合君の車に乗ったままになり，新潟，山形県境の鼠が関の海岸まで来てしまった． 鼠が関は昔からの東北への関所であり，岬の漁港には所狭しと，いかが干されている． ここはいか釣り船の基地なのである．夜の日本海を人工衛星からみると，大変たくさんの 明りが見えると言う．すべていか釣り船の明りだと言う．こういう港が，日本海側には たくさんある．いか刺しの定食を食べ，さらに北へ進む． 庄内平野の稲作地帯に入る．越後平野と同じ様な緑一色の大地が広がる．古刹，善宝寺 にお参りして，酒田を目指す．海岸に続く防砂林は江戸時代に出来た物だが，その長大さ は目を見張るものがある．日本にはこうした松林が多くあったのだが，開発によって だんだんに失われて行くようだ．やっと川合君の目指す鳥海山のすそ野が見えてきたが， 天気が悪くなって山様は臨めない．立ち止まって天気予報を聞くと，どうやら今夜から 崩れるらしい．鳥海山は標高２２３６ｍ，簡単に登れる山ではない．川合君も仕方なく あきらめる事にしたようだ． ２人とも目的が曖昧になったので，考え直さなければならなくなった． とにかくこれ以上日本海側を北上するのはやめようということになって，酒田の町から 最上川を遡る事になった．最上川の流れは雄大で，この川の流れのおかげで山形県の町々 が栄えてきたことが実感できる．８６年の夏に，山形から最上川の源流まで走ったことが 思い出される（第８章参照）．新庄の町に入ったところで日が暮れた．私たちはこのなじみ のない町で旅館に泊まることになった．なんだか寂しい街で，食べ物屋を捜すのに苦労す る程であった．山形県は，前に来たときも思ったが，ひどくいろいろなものの密度が低い 気がする．旅館の部屋で，明日の事を考えた．私はこのままでは川合君との車の旅をした ことで終わってしまいそうであり，自転車を分解したまま川合君の車に載せたまま帰る ことになったら，何をしに来たかわからなくなってしまう．川合君にしても，ただ車で 走るだけでは山に登りたいという気持ちが果たせない．久しぶりの川合君とのこの旅は， 確かにここまで面白かったが，このままでは欲求不満に終わってしまいそうであった． |
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