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さて翌８月５日，いよいよ湯原温泉の小谷さん宅を目指して出発である． ところが，天気が悪い．まだ何とか持っているが，いつ降り出すかわからない空だ． おまけに今日は山の中の旅である．頭に不安がよぎる．岡山の北の方は，美作 （みまさか）の国．だいたい山ばかりの土地で，その中心地は津山である．今日はこの 美作の山々を越えて，湯原温泉を目指す．高梁の町を外れると，さっそく国道１８０号 線と別れ，国道３１３号線に入る．高梁川の支流，有漢川に沿って遡る．だんだん天気 は怪しくなり，雲が速く山々に流れているのがわかる．ずいぶん登って，標高３００ｍ を少し越えるくらいの多和山峠を越えて，北房町に入る． 峠のトンネルの入口で，雨が降ってきた．トンネルの中に逃げ込んだが，すごい雨で， トンネルからしばらく出ることが出来なかった．時間雨量で１０ｍｍくらいの激しい雨 である．止みそうもないので，私は合羽を着て，意を決して坂を下った．自転車は水し ぶきを上げてすさまじかった．下り坂を楽しむなんて生優しいものではない．北房町は 中国自動車道が走っている．そのガードの下までたどりついた時には，もうずぶ濡れで あった．しかしこのあたり大きな町もなく，いったいどうしたものだろうかと途方にく れてしまった．さらに雨は激しさを増し，私をあざ笑うかのようであった． まだ湯原温泉は遠い． ドライブインで雨宿りしていると，トラックの運ちゃんが話しかけてきた． 「どこまでいくんだい」 「中国勝山？そんなら落合の方に行くよりか，大出の所で左に曲がって，山道だけど そっちを越えた方がいいよ！近いからね．」 と道を教えてくれた．私はその言葉どおり，山越えをして姫新線の月田という所に出る 道を行くことにした．少し雨は小康状態になっていた．登り始めるとたちまち山道になり， 人家もあまり無くなっていた．山は霧に包まれてあまりはっきり見えない．おまけにまた 雨が強くなってきた．直感的に失敗した！と思った．濡れるにまかせて登るが，いっこう に峠道が終わらない．私はあの運ちゃんの言葉を信じなければ良かったと思った．雨は たたきつける様に激しくなり，道路脇の「落石注意」の看板が妙に目についた．これで 雷でも鳴り出したら最悪である．私は最近なにか悪いことしただろうかと考えてしまった． 合羽の下のＴシャツが水を含んで重い．着替えたいけれど周囲に建物もない．しかた ないので私は上半身裸になってＴシャツを絞った．そのまま着たら，それでも少し暖か かった．その間にも雨は私の背中に落ちて冷たい．やっとの事で峠を登り切って下りに なったが，下りの方がもっと大変で，雨に濡れた衣服に風が当たって冷たいのなんの． スリップして転倒したら事なので，ブレーキから手が放せない．冷たい．やっと月田の 駅に着いたが，駅前に材木屋があるだけの無人駅．体を暖めることも出来ず，中国勝山 を目指すしか無かった．今度は旭川水系の川に沿って下ったが，川は既に濁流で泥の色 に染まっていた． 中国勝山の駅にたどり着く．私は駅の洗面所で，下着まで，全部乾いた物と着替えた． ひどい濡れ方だった．このままやっていたら，きっと風邪をひいただろう．暖かい コーヒーを飲みながら，ゆっくり体を暖めた．中国勝山は姫新線の主要駅で，この辺り のバスターミナルとなっている．昔から交通の要衝で，町を流れる旭川を下れば岡山に 出られるので，高瀬船が通っていた．そのため古い商家がたくさん残っている．また 山陰出雲へ抜ける出雲街道の宿場でもあったようだ．しばらくすると，あんなに激し かった雨が止んだ．あの激しい雨は，前線の通過に伴うものだったのだ．遠くの山に 流れる雲が早くなって，所々から日が差し始めた．私は気を取り直して駅前のレスト ランで昼食を食べ，湯原温泉までの残りの旅に備えた．あと２０ｋｍ，旭川に沿って 遡ることになる |
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