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宮城のサイクリスト，後藤君とともに走り出す．私は今日は国鉄花輪線に沿って 盛岡まで行くつもりだ．後藤君はこの南に広がる八幡平の山岳コースを目指すという． なんとなくそちらのコースにも惹かれたが，まだ私の旅は長く不安も多いので，回り道 はやめて予定通りのコースにする．十和田南，陸中花輪を経て，八幡平の駅で後藤君と 別れる．彼にはこの先のコースについていろいろアドバイスをもらった．ありがとう， お元気で．私は一人になって米代川と花輪線沿いの国道２８２号線を走り出した．すぐ に辺りは山の中になった．米代川には昨日以来の雨のため，濁流が渦巻いている．今に も氾濫しそうな勢いだ．大きな木が流されて行くのを見てぞっとした． 温泉地，湯瀬の駅でひと休みして，さらに進む．雪囲いの施設の完備された国道だった． それにしても交通量がほとんどなく，川の音ばかり聞こえて非常に不安な旅であった． ときどき霧雨が降ったりもした．やがて「岩手県安代町」（あじろまち）の標識が見え た．秋田県の旅は雨にたたられて２泊になったが，これで終わりである．秋田県の広さ を考えると少々物足りないが致し方あるまい．この県境は別に峠でもなく，すっと入っ てしまい感動が無かったが，東北３県目，岩手県の旅が始まった．やがて米代川は途絶 えて，峠道になった．盛岡までには２つの峠を越えなけらばならない． 東北自動車道の高架と絡み合いながら進む．この７月３０日，東北自動車道はついに 青森までつながったそうである．花輪線が離れて行き，標高４３０ｍの貝梨峠を越える． ここが日本海側と太平洋側の分水嶺だと言う立て札が立っている．山を下ると少し開け て，昔の街道のたたずまいを残す荒屋新町へ出る．このまま下って行けば北上して八戸 へ出てしまうので，盛岡へはまた南の峠を越えなければならない．そろそろお昼なので， 近くで鄙びた食堂に入った．天気はだいぶ回復してきて，曇ってはいるものの雨は大丈 夫の様だ．また登って，龍が森の駅の手前が大場谷地峠，ここも標高４５０ｍ程である． ２つの峠とも，さほど厳しい峠ではなかった．これも十和田の滝野沢峠，発荷峠を越え てきた後だからだろう． 勢いよく山を下れば，だんだん土地が開けてくる．ここは南にそびえる岩手山のすそ 野に広がる丘陵地で，天気が良ければ岩手山の山様が望める所なのだろうが，今日は厚 い雲の流れに遮られて残念だ．気温も低く，どうも夏だという気分がしない．大更 （おおぶけ）の町で国道２８２号線と離れ，石川啄木のふるさと渋民村，今の玉川村に 入る．好摩の駅に立ち寄った後，北上夜曲の哀調を思い出させる北上川の流れを渡り， 国道４号線に出る．私は石川啄木記念館へ足を延ばした．歌人石川啄木はここ渋民で 生まれ，東京での生活に挫折し北海道に流れて行った．函館や小樽，釧路に足跡が残っ ている．啄木の場合，土地を移るたび生活の方は悪化して行って，最後に戻った東京で 亡くなっている．全然幸せと言う物と縁の無い人だった様だ．この記念館はその資料や， 渋民尋常小学校の建物などが保存されている． 国道４号線は交通量がさすがに多い．工事も多くて走りにくい．そのうち私は，昨日 花輪の町で買ったばかりの帽子が無い事に気が付いた．どうも好摩の駅で自転車の後ろ の荷台に帽子を置いたような記憶がある．そのまま気づかずに走って落としたのだろう． しかし今から戻るにはずいぶん来てしまった．この旅に出てから帽子を落とすのはこれ が２回目である．しかも今回は昨日買ったばかりの帽子である．自分の粗忽さがいやに なってしまう．夏のサイクリングに帽子は必需品だ，また買わなければならないのか． こうやすやすと落としてしまうのでは，今度は高い帽子を買うのはやめた方が良いようだ． しばらくすると，国道の両側に「軍手，軍足卸店」という看板が目立っている．変な店 もあるものだなあと思ったが，よく考えると納得がいった．ここ岩手山の山麓には農場が 多く，農家の人が農作業用にまとめて買って行くのだろう．有名な小岩井農場までも近い． それで，もしかしたら農作業用の安い帽子も売っているのではないかと思い，一件の店 に入ってみた．いかにも色気の無い，農家の親父さんのかぶっているような帽子を安く 手にいれた．どうせ自転車の旅だ，格好なんか気にすまいと思った．皮肉なことに， この帽子だけは落とす事なく，家まで持ち帰ることが出来たのである． 盛岡の町はさすがに大きい．東北新幹線の列車も見える．町の北側にまわって，岩手 大学の裏手を目指した．学生街に行けば，コインランドリーがあるのではと思ったから である．今日は時間に余裕が出来たので，洗濯物を片付けて置きたい．程なくコイン ランドリーは見つかって，荷物を解いた．その店は普通のクリーニング屋に併設され ているコインランドリーで，店のおばさんが「旅行ですか？」と話しかけてきた． 私の大量の洗濯物を見ればわかるのだろう．旅行好きのそのおばさんと話をしている うち，洗濯も完了した．今日の宿，盛岡ＹＨは近い． |
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