私の自転車日本全県走破 第8章(8)

エネルギー


青い三角屋根の建物が見えてきた.なんだろう.あれが最近出来た青森の新名所,
アスパムである.連絡船は青森駅の先にある埠頭に入って行った.私と平林君は甲板
に行き,自分の自転車に乗って誘導路を進み,船を降りた.やはり潮風に当たったので,
なんとなくハンドルがべとべとする.平林君は今日は青森市内のどこかで野宿すると
言う.私はうとうYHに泊まるので別れることになった.だが,彼にはまた会えそう
な気がしていた.元気で明朗な大学1年生であった.さて,町がごった返している.
それもそのはず,青森では8月2日から8月6日まで,ねぶた祭りが行われており,
今日3日はその3日目で日曜日なのであるから,祭りの人出は最高だろう.うとうYH
を取るとき,満員なのでザコ寝のようになってしまいますがいいですねと念を押された
くらいである.町のはずれのYHにつき,寺の本堂のような広い建物に荷物を置いた.
これから祭り見物である.

 東北を夏に旅するなら,絶対見て置くべきなのが祭りであろう.青森のねぶた,秋田の
竿灯,仙台の七夕,山形の花笠...その他にも魅力的な祭りが多い.ちょうど八月の
初めのころ,北から南に旅して行けば,行くところ行くところお祭りにぶつかるはずで
ある.私はそういうスケジュールを狙って旅をしている.これが手初めの,青森ねぶた
祭りである.YHでは,祭りに参加して踊るための衣装や花の飾りをたくさん用意して
いた.ホステラーの中には,さっそくその衣装に着替えている人もいる.私は,YHで
知り合った人と,町のメインストリートへ出て行った.すでに多くの見物客でごった返
している.ハリボテの大きいの,と言ってしまうには余りにも精巧で迫力のあるねぶたが,
出番を待って置かれている.揃いの浴衣に色とりどりのたすきを掛けた人がたくさん待機
している.日が落ち,巨大な太鼓が力強く打ち鳴らされて,祭りの始まりである.


 ラッセラーラッセラー,ラッセラッセラッセラ!
 ラッセラーラッセラー,ラッセラッセラッセラ!

町に勇ましいかけ声がこだまする.揃いの浴衣の人々が,踊り始めた.踊ると言うより,
跳ねると言った方がよい.みんなが跳ねる.かけ声のピッチがだんだん早くなる.人々は
輪を作って跳ねる.北国の人々は短い夏にエネルギーを爆発させる.跳ねる輪は,一人,
また一人と人数を増やしながら,いつしか数百人にふくれあがる.かけ声と,鳴り物の音
で,辺りは騒然となる.狂っているかのようにも見える.

 ラッセラーラッセラー,ラッセラッセラッセラ!
 ラッセラーラッセラー,ラッセラッセラッセラ!

やがて極彩色の巨大な光の塊が近づいてくる.内部に明りを灯し,夜空に浮かび上がった
ねぶたは,道いっぱいの大きさで辺りの人々を圧倒する.髪の毛を振り乱し,異様な目付
きで辺りをにらむねぶた.数十体のねぶたが次々と通り過ぎる.太鼓が鳴って,ねぶたが
ゆっくりと回転し始めた,生き物のようなその動きは,ねぶたを支える百人近い人々に
よるものである.ついに町は跳ね踊る人々とねぶたで埋め尽くされて,祭りは最高潮に
なる. 私はこれほど迫力のある祭りをこれまで見たことがなかった.ただその様子を
感動を覚えながら見守るばかりであった.私の東北縦走の旅は,このお祭りに始まった.



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